遺骨信仰が先か、火葬技術が先か⁉︎ 〜ハワイ先住民の「伝統的葬法」の諸相〜

筆者は以前、18世紀後半〜19世紀初頭のハワイ先住民によって行われた、「神聖な人物」とされた死者の葬法としての「遺骨の形崩れを極力防ぐよう、細心の注意事項が払われた野焼き火葬」について書いた。

その記事の終わりには、現代のハワイ州もアメリカの他の州と比べ火葬が盛んな州の一つであるが、それは「火葬が古来『聖なる葬法』とされてきたこととも無関係ではないだろう」云々というくだりを書いた。

しかし、これは筆者が常々注意しなければならないと思うことでもあるが、この「古来〜」「伝統的に〜」等々の「『今日の今の時点』から見て『過去』の時代」を漠然と示す表現は、国や民族を問わずしばしば案外「新しい」時代に始まったしきたりを、あたかも「相当過去の時代から」行われてきたかに言い立て「権威」化する際に使われる常套句でもある。このハワイ先住民の行った火葬も、そうしたものでは絶対にないと言い切ることはできない。今回の記事は、このことへの自戒の意味もある。

実際、ハワイ先住民によって「『聖なる葬法』としての火葬」が行われた記録は、筆者の知る限りでは、先述の記事で言及した1779年の先住民によるイギリス人ジェームズ・クック(いわゆるキャプテン・クック)殺害の際が最初であり、それ以前の例は報告されていない。また、発掘調査によって発見されたより過去の時代の先住民の墓を見ても、この火葬法で葬られたとはっきりわかる例は筆者の知る限りでは見つかっていない。後藤明氏は、「ハワイ人の間に火葬の風習があったかどうかは議論の余地」があり、「考古学的に最も多く発見される埋葬例は洞窟、岩陰、崖の棚における土葬ないし風葬である」と指摘している。

とすると、この「『聖なる葬法』としての火葬」も正確にはわからないが、実際には割と「新しい」時代である18世紀の後半にクックが火葬された例が、最も初期の例(の一つ)である可能性が非常に高いのではないだろうか。

ところでこの「聖なる葬法』としての火葬で重視されたのは、「死者の遺体を火で焼くこと」よりも「死者の遺骨を形崩れさせないこと」であったということを前回書いた。そして、ハワイ先住民の間に一種の遺骨信仰というべき習慣があったことについても言及したが、この遺骨信仰が、取りも直さず「『聖なる葬法』としての火葬」の技術(=遺骨の形崩れを防ぐことに細心の注意を払うこと)を生み出した可能性もある。

つまり「ニワトリが先か卵が先か」式にいうなら、遺骨信仰が先に存在しておりその需要が発生し、死者の遺体を「腐敗」の状態を経ずに「肉体」から「白骨」に迅速に、しかもダメージが少ない方法で変化させることが求められた結果、「聖なる葬法」としての遺骨の形崩れを極力防ぐような火葬が行われるようになったのではないだろうか、ということである。

『神々のハワイ 文明と神話のはざまに浮かぶ島』スザンナ・ムーア著、桃井緑美子訳、早川書房、2004
『ハワイ・南太平洋の神話 海と太陽、そして虹のメッセージ』後藤明著、中公新書、1997

(寄稿)せっぱつまりこ

ハワイ先住民の間でかつて行われた遺骨信仰
「神聖な人物」の葬法とされた、往時のハワイの野焼き火葬法

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